1976年のボウイその2。
(Source: twiggalina)
1976年のボウイその2。
(Source: twiggalina)
1976年のボウイ。動いてます。
(Source: hauptstrasse155)
— Twitter / terachiamemo (via mypalfootfoot)
(via m-okazaki-s45)
なるほどねえ。鬱屈やストレスから生まれることばは読んでいて痛々しいし、正直に言って、辛いもんな。残念だけど。
「楽しむということは、ゼロから出発してプラスに向かう行動である。それは満足感と共におのずと終息に向かう。ストレス解消とはマイナスから出発してゼロに近づく行動である。そしていくらゼロに近づけようとしても、ゼロにはならず、マイナスのままに留まる。それをゼロにしようとする行動はますます強い渇きを生むであろう。手段が何であれ同じである」
(中井久夫「煙草との別れ、酒との別れ」)
‘boys keep swinging’ 45 rpm / picture vinyl with a photo by SUKITA
(Source: gratefulled)
ジョゼ・コルティ『Souvenirs désordonnés(無秩序な思い出)』について
http://www.amazon.fr/dp/2714310222
——
……ところで、この回想記が書かれ、かつ秘められていなければならなかったことの最大の動機の一つは、一九四四年、十九歳でゲシュタポに逮捕され、強制収容所へ送られて帰らなかった一人息子への痛恨の思いである。信じていた友人に紹介された未知の男の無分別な行動がこの不運をもたらしたのだが、戦後その男(他の多くの個所で、死者、生者にとって辛い事実を敢えて語ろうとしないコルティが、現に生きて活躍しているその男の名は明記している)と顔を合せる機会があったとき、コルティはコルシカ人だった父祖たちが復讐を求める声を聞く。第一次大戦の勇士であった彼にそのとき欠けていたのは明らかに勇気ではなかった。何者かの手が、ポケットの中で短刀に触れていた自分の手を押しとどめたのだ、と彼は言う。いつの日からかその何者かへの信仰に生きるようになったコルティの筆が、ときにやや「道徳」の匂いを帯びることはあっても、それはこの本の与える喜びを決して損ってはいない。
──豊崎光一「一書店主の回想」、『クロニック』/風の薔薇/1989年所収/初出1983年
Finally used my sewing machine and turned my daughters artwork into reality - Imgur
omg that’s adorable
OK I misunderstood this picture completely and thought that creature was doing a self portrait
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